大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2151号 判決

原告

大綱弥市

代理人

森井喜代松

森井一郎

被告

松岡昭三郎

被告

合資会社

蘆沢鉄工所

右両名代理人

田中登

復代理人

関根俊太郎

主文

一、被告らは各自原告に対し金一六〇万五六九六円及びこれに対する昭和四三年三月一九日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。被告らにおいてそれぞれ金一〇〇万円の担保を供したときは、その損保を供した被告に限り右仮執行をまぬかれることができる。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金三〇三万六一五二円及びこれに対する昭和四四年三月一九日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決並びに原告勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宜言を求める。

第二  主張

一  原告(請求の原因)

1  昭和四二年一二月一三日午前一〇時一五分頃、東京都中央区新川二丁目四番地先の路上において、被告松岡が運転する自家用普通自動車(品川五や二七七三号)が原告に接触し、その結果原告は左下腿骨骨折の傷害を蒙つた。

2  被告らは、それぞれ次の理由により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告松岡は、その過失により本件事故を発生せしめたものであるから民法七〇九条による責任。

(二) 被告松岡は被告会社の技術部長であり、本件事故は同被告が被告車により被告会社の工場において使用する塗料買付のため塗料店に赴く途中において発生せしめたものである。右のとおりであつて本件事故は被告松岡が被告会社の企業活動の一環として被告車運転中に発生せしめたものであるから、被告会社は被告車の運行供用者として自賠法三条による責任。

3  本件事故によつて原告が蒙つた損害は、つぎのとおり合計金三〇三万六一五二円である。

(一) 治療費等 金八万六九〇八円

原告は、本件受傷により事故当日から昭和四三年五月三一日までの一七一日間にわたる入院を余儀なくされ、その間の治療費、栄養食費その他の諸雑費として合計金八万六九〇八円の支出を余儀なくされた。

(二) 通院交通費 金三万四八二八円

原告は、右退院後も昭和四四年五月まで通院加療をすることを余儀なくされ、その交通費として合計金三万四八二八円の支出を余儀なくされた。

(三) 逸失利益金 一五六万九四一六円

原告は、本件事故当時訴外株式会社藤田組に顧問として勤務し、毎月金三万七〇〇〇円の給料を年二回、一回金四万円の割合に賞与の支払を受けていたのであるが、本件受傷により右勤務が不能となり残余稼働期間三・九年にわたる右給料・賞与による得べかりし利益を喪失した。その合計は、つぎの計算によつて明らかなように金一九〇万二四一六円となるが、このうち給料分金三三万三〇〇〇円は被告松岡から弁済を受けたので、その残額は金一五六万九四一六円である。

(1) 給料喪失分 金一五八万二四一六円

3万7000×12(月)×3.564=158万2416円

(ただし、3.564は期間四年法定利率による単利年金価指数)

(2) 賞与喪失・ 金三二万円

4万円×2×4(年)=32万円

(四) 慰藉料 金一〇七万円

原告は本件受傷により左膝及び足関節が変形して絶えず鈍痛をおぼえ、自由に歩行もできなくなつて、労働能力は低下し、ために前記会社から昭和四三年三月三一日をもつて解雇されさらに後遺症の恐怖におびやかされているのであつて、本件受傷により蒙つた精神的苦痛は極めて大きいといわねばならない。

よつて、本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料として原告は金一〇七万円を受けるのが相当である。

(五) 弁護士費用 金二七万五〇〇〇円

原告は、被告らに対する以上の損害賠償請求権につき本訴原告訴訟代理人らにその取立を委任し、これに要する弁護士費用として訴訟物価格の約一割に該当する金二七万五〇〇〇円を同弁護士らに支払う約束をした。

4  よつて、原告は被告らに対し、以上の合計金三〇三万六一五二円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日以後の昭和四四年三月一九日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶものである。

二  被告ら

1  (請求の原因に対する認否)

(一) 第一項につき、原告の傷害の部位程度は争う。その余の事実は認める。

(二) 第二項につき、(一)は認める。(二)につき、被告松岡が被告会社の技術部長であり、同被告が、本件事故当時被告会社の工場で使用する塗料買付のため塗料店に赴く途中であつたことは認めるが、その余の事実は争う。即ち被告車は被告松岡の所有であつて、その代金、維持費等一切は同被告の負担に帰し、被告会社の業務に使用されたことは滅多になく、本件は、被告松岡が被告会社の関知しない間に、自発的に自家用車を被告会社のために使用したにすぎないのであつて、被告会社としては被告車につき何らの支配をも及ぼし得なかつたものである。したがつて被告会社をもつて被告車の運行供用者とすることはできない。

(三) 第三、第四項は争う。

2  (抗弁)

(一) 過失相殺

本件事故発生地点は、東方の日本橋方面から西方の深川方面に通ずる都電通りの永代橋西詰交差点西側に設けられた都電停留所安全地帯側方の軌道敷内であるが、右道路を西進してこの交差点にさしかかつた被告松岡は、対面信号の表示「青」にしたがつて同交差点に進入したところ、その中心部附近における車両の交通は混雑し、そのため、右交差点を通過しきれないでいるうちに、対面信号の表示は「青」から「黄」に、そしてさらに右信号機の表示は被告車が前記安全地帯東端数メートルに達した際「赤」に変つてしまつたのである。一方原告は、当時前記安全地帯東寄り(その東端から約三メートル離れた地点)に佇立して、交差点南西部の歩行者専用信号機の表示が「青」になるのを待つていたのであるが、右信号機の表示が「青」に変ると同時にその左足を横断歩道外の軌道敷内へ一歩踏み出したため、折柄、前記の状態で交差点を脱出し、右安全地帯南側軌道敷内を時速約二五キロメートルの速度で通過しようとした被告車に接触するにいたつたものである。以上のとおり、原告において交通頻繁な交差点付近において安全地帯を降りて道路を横断するに際し、横断歩道を通らず、かつ信号の変り目において車両混雑の影響から信号に遅れた車が通行することが十分予測されるのにもかかわらず、被告車の進路に対して一顧の注意さえ払わぬまま軌道敷内に足を踏み出した過失があり、これもまた本件事故の原因をなしているものである。

よつて、この原告の過失は損害賠償額の算定において斟酌されなければならない。

(二) 一部弁済

被告松岡は、原告の本件事故による損害のうち、つぎのとおり合計金一〇八万四三〇四円を弁済した。

(1) 治療費 金四四万〇五八〇円

ただし、昭和四二年一二月一三日から昭和四三年九月三〇日までの分

(2) 看護費 金二五万六九三四円

ただし 昭和四二年一二月一三日から昭和四三年五月三一日までの分

(3) 通院交通費 金一万三七九〇円

(4) 休業補償費 金三七万三〇〇〇円

三  原告(抗弁に対する認否)

1  第一項につき、本件事故発生地点、被告車の進行方向及び本件事故の直前被告ら主張の安全地帯上において、その主張にかかる信号機の表示が「青」になるのを待つていたこと並びに右信号が「青」になつたため原告が軌道敷に降りたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は争う。原告は本件事故時において前記信号機の表示を確認し、しかも他の交通に対する注意を払いつつ横断歩道上を横断しかけた際、対面信号が「赤」であるのにこれを無視して進行しようとした被告車が原告に接触したものであつて、本件事故発生原因は挙げて右の被告松岡の過失にあり、原告には何らの過失がない。

2  第二項は認める。ただし、(4)の休業補償費以外の損害は、原因が本訴において請求する損害のほかに生じた損害である。

第三  証拠〈略〉

理由

一(事故の発生)

請求の原因第一項の事実は、原告の傷害の部位程度をのぞいて当事者間に争いがなく、原告が本件事故の結果その主張のとおり傷害を蒙つたことは、いずれもその成立に争いがない甲第二、乙第六号証、原告本人尋問の結果によつて明らかである。

二(責任原因)

1  被告松岡について―本件事故が同被告の過失によつて発生せしめられたことは当事者間に争いがない。

2 被告会社について―被告松岡は被告会社の技術部長であり本件事故は同被告が被告車により被告会社の工場において使用する塗料買付のため塗料店に赴く途中において発生せしめられたものであることは当事者間に争いがなく、被告松岡本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被告会社は従業員約五〇人よりなり、被告松岡は右のとおり技術部長であり、主として機械の設計を担当しているのであるが被告会社には乗用車としては社長専用車があるにとどまり被告松岡の所有にかかる被告車は、従来も被告会社で使用する塗料の運搬、被告会社の営業又はそのための打ち合わせにも時々使用され、そのための燃料費は被告会社において支弁していたこと、本件事故の際も、その前日被告会社から塗料店を営む被告松岡の自宅から塗料を運搬するように申しつかつていたのに当日にいたつてこれを失念したことを思い出したため、急拠自己のみの判断により被告車を運転し右塗料を取り行つたその途中に本件事故を発生せしめるにいたつたものであること、以上の事実が認められる。この事実によると被告車は被告松岡の私有車であるにかかわらず、同時に被告会社の営業の用に供されていたものであり、本件事故の際においては、前記認定のとおり被告松岡の私的判断によつて被告会社の用に供されたのであるが、前記認定にかかる事実関係によつて考えれば、それは被告松岡が被告会社の推定的かつ包括的承諾ないし指示のもとになされたものと見るべきものであり、被告会社に被告車の運行利益が帰属していたことはもちろん、その運行の支配も帰属していたものと認めるのが相当である。そして以上の認定を左右するに足る証拠はない。

3 よつて、被告松岡は民法七〇九条、被告会社は自賠法三条により、いずれも(不真正連帯)本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三(損害)

1  治療関係費 金三万四二〇〇円

〈証拠〉を総合すれば、原告は本件受傷治療のため事故当日の昭和四二年一二月一三日から昭和四三年五月三一日までの一七一日間京橋病院に入院し、その間、便器、氷のう、氷代座いす、松葉杖等の代金として計金四二三五五円、新聞購読料、テレビ借料、通信費その他日用品購入費等として計金一万二八二五円、自己の補食費、家族の交通費として金五万一五〇〇円合計金八万六九〇八円の支出をしたことが認められる。しかしながら右支出の個々につき仔細に検討して見ると、その支出自体又はその支出の一部については本件事故との相当因果関係の有無に疑問をいだかせるものがありしたがつてその金額をもつて原告の本件の受傷による損害としては計上し得ないのであるが、右支出内容によれば、原告は前記入院中前記各費目を通じ、すくなくとも一日金二〇〇円程度の支出は必要不可欠であつたと認められるので、前記原告の支出のうち入院一日につき金二〇〇円の割合をもつて積算した金三万四二〇〇円をもつて、本件受傷と相当因果関係ある支出と認める。

2  通院交通費 金一万五五四〇円

〈証拠〉によれば、原告は右退院後も昭和四五年一月一九日までの間合計八六回にわたつて前記病院に通院し、そのための交通費として金一万五五四〇円の支出をしたことが認められる。なお、原告は通院交通費として右金額以上の支出を余儀なくされた旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠がない。

3  逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、原告の本件受傷は、おそくとも昭和四五年一月末には、「左下腿内側の歩行時疼痛、右膝、足関節の歩行時疼痛、寒冷時に左膝、左下腿内側、足関節の疼痛増強」等の障害を遺して治癒し、右障害の程度は自賠法施行令別表一二級一二号に該当すると判定されるにいたり、そのためすくなくとも本件事故時から右昭和四五年一月までの約二五月は就労不能であり、その間の就労による得べかりし利益を喪失するにいたつたこと、そして〈証拠〉によれば、原告は本件事故当時、その主張のように訴外株式会社藤田組に勤務し月三万七〇〇〇円の給料と年金八万円の賞与を受けていたことが認められるから、以上の事実により原告が本件事故によつて喪失した得べかりし利益の合計額を本件事故の現価に換算すれば、つぎのとおりであつて、その合計は金一〇二万七〇九五円となる。

(一)  給料喪失分 金八七万八一八三円

3万7000円×23.7347

(ただし、23.7347は、月数二五、法定利率により単利年金現価指数)

(二)  賞与喪失分 金一四万八九一二円

8万円×1.8614

(ただし、1.8614は、年数二、法定利率による単利率年金現価指数)

なお、〈証拠〉によれば、原告は右昭和四五年二月以後においても就労していないことが認められるけれども、原告は右昭和四五年二月においてすでに七五歳であつて、これに前記調査嘱託の結果を参酌して考えると原告の前記就労不能は前記後遺障害のみによるものではなく、それには原告の年令に相応した経年性の障害も寄与しているものと認められ、これらの証拠のみによつては前記の原告の後遺障害がその労働能力にどの程度の影響を及ぼしているのかを的確に認定することはできない。そして他の全証拠を検討して見ても原告の労働能力喪失による逸失利益を算定するに足りる資料はないから、原告が右のごとく後遺障害をのこすにいたつた事情を後記慰藉料の算定において斟酌するにとどめる。

4 過失相殺

本件事故発生地点及び被告車の進行方向が被告ら主張のとおりであること、並びに本件事故の直前原告が被告ら主張の安全地帯上において交差点南西部の歩行者専用信号機の表示が「青」になるのを待つていたこと、右信号機の表示が「青」になつたため、原告が軌道敷内に降りたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、これといずれもその成立につき当事者間に争いがない〈証拠〉を総合すれば、つぎの事実を認定することができる。すなわち、被告松岡が右のとおり本件交差点さしかかつた際、その対面する信号機の表示は「青」であつたため、同被告はそのまま右交差点に進入したが、当時同被告の進行方向と同一方向及びその逆方向の交通ともに極めて混雑し、車両の渋滞によつて被告車が右交差点を通過し切れないうちに、すでに前記の信号は「黄」となり、被告車が右交差点を出ようとするころにはさらに「赤」に変つたのであるが、そのころ、被告松岡は前記安全地帯の東端に学生三、四人と原告が佇立している姿を認めたが、被告車の進路である軌道敷内に原告が歩を踏み出すことはないものと考えてそのまま進行し、前記のとおり軌道敷に降り立つた原告に被告車を接触せしめるにいたつたこと他方原告は、前記安全地帯において都電を下車し、右安全地帯に接して設けられた横断歩道を通つて被告車の進路を北から南に横断すべく右安全地帯の東端まで進み、前記のとおり、対面する歩行者専用の信号機の表示が「青」になるのを待ち、右信号が「青」になつて、道路反対側の歩行者も、右信号によつて横断を開始したため、右安全地帯から横断歩道上に歩を進めた際、前記のとおりに進行してきた被告車に接触されるにいたつたこと、以上の事実が認められ、他にこの認定を左右する証拠がない。この事実によれば本件事故発生に関する被告松岡の過失の態様が前方注視義務違反にあることは明らかであるが、他方原告としても、まさに横断せんとする道路の状況が前記のとおりであり、すでに交通も渋滞しているのであつて、たとえ、対面信号機の信号の表示が「青」になつたとしても、交差点内を通過し切れないでその内側に残留する車両があることは当然に予想し得るのであるから、さらに右方の安全をも確認してから横断を開始すべきであつたにかかわらず、不用意に前記横断歩道上に進出したため、本件事故が発生したものとするほかなく、したがつて、本件事故の発生について原告の過失もその一因をなしているものというべく、この過失を被告松岡の過失と対比すれば、その寄与の割合は、大むね原告の二に対して被告松岡八と認めるのが相当である。

ところで、原告の本件受傷による財産的損害の合計額は前項において認定した治療関係費、通院交通費、逸失利益の計金一〇七万六八三五円と原告が本訴において請求する損害以外に本件受傷によつて生じた損害であることにつき被告らにおいて明らかに争わない治療費、看護費、通院交通費計金七一万一三〇四円の合計金一七八万八一三九円となるところ、これを前記の過失割合にしたがい過失相殺すれば、被告らにおいて賠償の責に帰すべき損害額は金一五五万円と認めるのが相当である。

五(慰藉料) 金一〇〇万円

以上認定の諸事実及びその他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告の本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

六(損害の填補)金一〇八万四三〇四円

以上のとおりであつて、原告の本件受傷による総損害は合計金二五五万円となるところ、被告松岡において弁済した金額が金一〇八万四三〇四円であることは当事者間に争いがないところであるからこれを控除すれば、その残額は金一四六万五六九六円となる。

七(弁護士費用)金一四万円

請求の原因第三項(五)の事実は、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて明らかであるが、前記認容損害額その他本訴の推移にかんがみれば、被告らにおいて賠償の責に帰すべき弁護士費用は、このうちの金一四万円と認めるのが相当である。

八(結論)

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し金一六〇万五六九六円及びこれに対する本訴状が被告らに送達された翌日以後であること記録上明らかな昭和四四年三月一九日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余の請求を失当として棄却する。

よつて、民訴法九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。(原島克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例